人生の旅をゆく。
なんにもする気がわかなくて、ただ、ただ、なんども

まだ埋めていない(埋められない)ムシ君を抱いては、泣いていた1日。



ムシ君は、なぜか死後硬直をすることもなく、ほんとうに眠っているみたいに

すこやかでおだやかな顔をしている。

少しはねた、癖っ毛のようなやわらかい毛も、そのまんま。

ペコには、ムシ君の死が理解できない。

ペコは、「その子、かえして、おっぱいあげなきゃ」と、わたしにうったえる。

他の子と一緒にはしておけないからタオルにくるんで、カゴに入れて

白い薔薇のつぼみでまわりを囲って、1日、お香を絶やさなかった。

薔薇の匂いのする、お香。

バラの咲く季節まで、生きられなかった。

そうこうしているうち、部屋に置いてあった本を手に取った。

「人生の旅をゆく」

吉本ばなな。

このなかに、愛犬の死と向き合う場面が出てくる。

_ 愛犬は教えてくれた。

死ぬということは確かに苦しいけれど、肉体は苦しんでいても

その中には最後までしっかりと、もともと持っている心が生きていて、

最後まで愛をこちらに向けてくれているということを。

と書いてあった。

_ あの雨の日、いちばん悲しい日、愛犬の魂がわたしに別れを告げに来たことを、

私ははっきりととらえていたと思う。

それまではまだ半年はもってほしい、と切実に祈っていたけれど、

その日「もう彼女はがんばれないし、もうがんばりたくないのだ、

でも別れるのを淋しいと思ってくれているんだ」ということが言葉ではなく

切々と伝わってきたのだ。

命と命の交流というのは、そういうものなのかもしれないと思う。

何も言わなくても、ある段階をふんで、お互いが納得して、

ちゃんと進んでいくのではないだろうか。

それを目をそらさずにじっくりと味わったことで、私は自分の死が

ほんの少しこわくなくなったように思う。

_

と書かれていた。

部屋にある無数の本の中で、途中で読むのをやめてしまったこの本を

偶然にも、今日、この瞬間に手に取ったのは。

きっと、ムシ君がわたしに伝えたかったメッセージを、

こういうかたちで伝えてくれたんじゃないかと不思議な気持ち。

わたしは昨夜、嫌な予感がした。

つまり、なんとなく、感じていたのだと思う。

ムシ君が、もう充分にがんばったことを。

もうこれ以上、頑張らせちゃ、いけないことを。

お別れが近くて、ムシ君はもうそれをわかっているのに、

わからず屋のように駄々をこねて、いなくならないでと願って

必死にミルクを飲ませ、暖めていたのは、わたしのほうだった。

ムシ君と、命と命の交流は、できただろうか。

なんでこんなに、悲しいんだろう。

出会えたことに、感謝しないといけないのにね。

まだ、思い出にしたくないよ。

息を吹き返してくれないかな。
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by maya-max | 2006-12-31 00:15 | ペコの育児日記


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